こんにちは。
ドイツブンデスリーガで働くoma_toshiです。
大学を卒業後、3つの異なる仕事を経験しました。
今回は仕事内容を当時の心境も踏まえて紹介していきます。
整形外科勤務での3年間
医師が診断し、理学療法士が機能訓練を行い、スポーツトレーナーがトレーニング指導する。リハビリやトレーニング指導といった業務内容。
この職場はずっと探し求めていたところだ
もっと増えたら良いな
と思っていると現在はたくさんの施設ができています。
なんでここに問題があるのか、どうやったら良くなるのかを追い求めた3年間でした。
医師と理学療法士という2つの立場の人とコミュニケーションを取る事の難しさや、特に何を求めているかを考えながら話せるようになりました。
医師や理学療法士の方と話をする上では、科学的根拠が求められます。
この論文にはこう書いているので〇〇を指導しました。
靭帯・筋肉の治癒機関は〇〇週間だと言われているので、今は○○週目だから○○トレーニングを指導しました。
当たり前の知識なのでわざわざ説明しませんが、なんでそれを行ったかを聞かれたときには答えられるように準備はしていました。
鍼灸やスポーツトレーナーのカリキュラムでは、論文を読む事をしてこなかったので戸惑いはありましたが少しずつ慣れました。
理学療法士の教育課程も目にすることができ、鍼灸や柔整師はカリキュラムは違えど教育に関してはかなり劣ると痛感しました。
整骨院での1年半
整骨院では主に鍼の患者さんの担当や、柔道整復師の補助として勤務。
どうやって売り上げを立てるかやマッサージの方法など、技術に関して今の元になっています。
就職前にはドイツに行くことをほぼ決めていて、状況を友人に相談したところうちの会社で就職できるか聞いてあげるよと言われそのまま入社することに。
病院で働いていたこともあり、整骨院に対してはあまり良いイメージを持っていませんでした。
保険適応という名でマッサージしてるだけじゃない?と思っていたのも事実。(笑)
とても勉強になったことは
自分で売り上げを立てること。
これは病院で働いている時には意識したことがなく、目の前の患者さんのために働いていました。
整骨院で勤務していると、1カ月自分がどれだけ売上たかを数字で見ることが出来ました。
僕の売り上げは全然良くなくて、数字を見るのは辛かった…
この施術でこの料金は高くない?
と僕自身が思っていたことやシステムに疑問を感じていたことが、うまくいかなかった原因かと思います。
よくみんな盲目的に仕事できるなと思っていました。
最近は経営のことも勉強しているなかで、研修期間に勉強した意味はそういうことだったのか。と今になって気づくこともあります。
ドイツでチームに勤務
チーム内ではテーピング、応急処置、マッサージ、物品管理、選手の状態把握、監督やスタッフとの情報共有が求められます。
チーム内で僕にしかできない価値は何か。
そんなことを常に考えます。
決められた仕事をするのは当たり前。それ以上に僕にしかできない価値が無いと生き残るのは厳しいと感じる日々。
外国人をわざわざ雇う理由を作らないとドイツ人に奪われる。そういう感覚です。
君がいて良かったと言われることもありますし、とても嬉しいことです。
しかし、それはたまたま僕がいて求められた事をうまく遂行できたかもしれない。
もし他の人間が同じように出来れば同じ言葉を掛けるのだろうと俯瞰して見るようになっています。
一喜一憂せず、誰にも真似できない地点へ到達しないといけないという危機感を持ちながら仕事をしています。
周りに期待しないことは大事で、それをするだけでストレスが半分以下になります。
ドイツに来て学んだことの1つです。
おまけ
日本食レストラン勤務。
主に盛り付けの仕事をしていました。
海外生活で友達も少なく、生活に関しても頼る人がいない中でとても大きな存在。
居心地が良すぎるので、このままでも良いかなと当初の目的とは反対方向へ行く気持ちにもなります。
そんな狭間で揺れた時期もありました。
まとめ
いろいろな仕事をしてきましたが、全て今の礎となっています。
それと同時に、長い期間同じ職場で働いたことが無いので後輩を一定期間教育するという経験は欠如していると感じます。
そして、僕より若くても経営者としての立場で頑張っている人もいるのでそういう人たちに対しては尊敬の念しかありません。
無いものねだりというやつですね。